他者が自己自身となるのに応じて、自己が自己自身となる実存的交わりの形態にほかならない。しかも両者の間には闘争する愛があり、真理の前に両者とも無知であることを自覚しているために、どこまでも自己超克を試みる責任と真剣さが存在する。それは絶対的真理を目指しながら、現に在る自己から真に在るべき自己への自己生成の運動を意味するであろう。ヤスパースが唱えた実存的交わりの本質、つまり同等の水準において愛と連帯のうちでの公明な関係を根底にもつ教育形態こそ、ソクラテス的教育といえるのである。ヤスパースがソクラテスから同化した教育形態は、真理に対する無知の自覚をとおして、教師と生徒がともに真理に導かれるという根本知に支えられながら、真実の自己自身へと立ちかえっていく実存的交わりを敢行することなのである。そうすることによって、本来的な自己を見失い、主体性を喪失した生徒が真の自己を見いだし、彼本来の生き方・在り方が可能になる。これは今日の「生きる力」の育成にも繋がっているのである。
【関連】
家庭教師の波及
家庭教師派遣のご相談
プロの家庭教師の見分け方